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スーダンの時事


スーダン内戦
内戦

内戦

内戦

現在スーダンで行われている内戦は1983年に始まったが、1956年に独立する前年から1972年まで第一次内戦が続いていた。現在の第二次内戦は既に20年以上続いており、独立後の47年間の4分の3は内戦を行ってきた国である。この国特有の複雑な民族問題に国際社会の利害が絡み合い、出口の見えない泥沼となっている。
第一次内戦は、いわば単純な戦いであった。独立時の南北の人種的違いや歴史的な差別が原因となっていた。北部のアラブ人は南部の黒人を奴隷狩り・売買の対象としていた。このような状況下、両者がひとつの国としてまとまるには無理があった。これが主な第一次内戦の原因であり、大きくみればアラブ人と黒人の戦いとみることができた。
第二次内戦は、第一次内戦後の社会的・経済的発展の不均等を原因に、ディンカ族のジョン・ガランが立ち上がったものであり、大義名分としては南部の独立のためではなく政治体制の変革を目指している。しかし北部と南部の境界線あたりで大規模な油田が見つかった頃より状況は複雑化する。アメリカをはじめとする諸国政府がスーダンから利益を得ようと介入しジョン・ガランを指導者とするゲリラ組織SPLA/Mを支援するようになり、北部の政府側にはリビアやエジプトなどのムスリム政府がついた。近年すすめられている和平交渉において政府はSPLA/Mをはじめとする南部勢力に民族自決権と宗教的自由を認めたものの、紛争の終結には至っていない。



少年兵
少年兵

少年兵

少年兵

「外部の者たちは、少年兵を雇うことは最も劣悪な子供の虐待だと非難する。しかし子供達を殺人者にしたいと願う大人は存在しない。よく考えてみてくれ。子供達が兵士にならざるを得ない状況を創ったのは誰なのかを。」これはスーダン反政府ゲリラSPLA/M兵士の言葉だ。
国際法では18歳以下の者を兵士としてはならないと定められており、少年兵は違法なものである。だが現在も続くスーダンの内戦において、少年兵が暗躍していることも事実である。行動は機敏で命令には確実に従い、躊躇することなく人を撃つことが出来る。少年兵は大人の兵隊よりも有能であり、近年開発されつつある子供が楽に持ち運べる軽量の武器の普及が拍車をかける。しかし少年兵の存在を消すことが出来ない主な理由は、彼らの生活環境にあるといえよう。
敵軍に両親を目の前で殺され、頼る親戚もなく、空腹や爆撃で生死の淵にある子供達が持つ唯一の頼れる場所が軍隊である。このままでは少年が生きていけないことを軍は知っているものの、子供達を養う余裕はない。そして結果的に少年兵が誕生する。このような子供達の多くは、殺された家族・親族に対する復讐として前線で戦うことを望み、敵を殺すことに罪を感じなくなる。このような最悪のシナリオを作っているのは戦争の原因を作った人間であり、戦争を煽動している武器開発/取引業者であり、途上国から利益を吸収しようとする先進国なのではないだろうか。ある少年兵は「幸せを感じるのは敵を殺したときだけ」と語った。またある少年兵は「大きくなったら先生になって、この戦争で起きたことを子供達に教えたいんだ」と語った。

このページは、スーダンに関するテレビ・CM・新聞・雑誌等の取材コーディネイトとスーダンで行われる展示会、スポーツ・文化イベントのコーディネイトを通じて得た情報を配信しています。是非、観光やビジネスなどの際に役立てて下さい。

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