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大地溝帯・グレートリフトバレー
上空や衛星からでなければ、その存在を確認することはできないほど巨大な地球の裂け目が、グレートリフトバレーだ。ヨルダン川の谷から紅海を経、エチオピアへ入りアワッシュ渓谷からズワイ湖、シャーラ湖、チャモ湖、そしてケニアとの国境付近トゥルカナ湖に至りタンザニアへ抜ける東地溝帯。そしてウガンダ・ルワンダ・ブルンジの様々な湖を抜け、タンガニーカ湖からマラウイ湖を経てインド洋へと続く西地溝帯の2つがある。リフトバレーに沿って様々な類人猿の化石が出土したことから、ここが人類発祥の地といわれている。以下は、フランスのイーブ・コパン博士による仮説である。「アフリカ大陸は、広く熱帯雨林に覆われ果実や木の実などの食料に恵まれた、類人猿たちにとって楽園だった。
ところが巨大なグレートリフトバレーが出現した後は、アフリカ大陸に雨を降らせる湿った西風はこの4,000を越える山々にさえぎられ、その東側には雨が極端に少なくなってしまった。そのために、森林が失われてサバンナへと変わっていった。それまで熱帯雨林の恩恵を受けて木の上で生活をしていた類人猿は、グレートリフトバレーの西側ではその後も同じ生活を続けることができたが、東側のサバンナには森が少なく、果実や木の実といった食料もほとんど無い状態であった。そのような環境の中で、多くの類人猿たちは絶滅の道をたどったが、いつしかその環境を生き抜いた類人猿の一種が現われた。彼らこそが、チンパンジーから分かれた二足歩行を獲得した最初の人類であった。」
真の白ナイル水源は?
ナイル川の水源をめぐっては、古来より様々な説が交わされてきた。現在でも、白ナイルの水源をウガンダのジンジャ近郊のビクトリア湖とすべきか、またはこの湖に最大の水量を提供する川、カゲラ川の出発点であるかをめぐり、意見が交わされている。 1862年にスピークがビクトリア湖から流れる川を白ナイルの源流とした後、「ビクトリア湖に流れ込む川にこそ源流がある」とカゲラ川に分け入ったのがカントであった。現在ブルンジ南部のある川の源流に、「ナイルの源」と記された小さなピラミッドが建てられている。しかしこの場所はナイル流域の最南部地点という意味で、一般にいう最長部の源流とは異なる。
カントはブタレ近郊のルカララの沢を真の源流とした。しかし相当の水量を持った川が、はっきりとしたコースをとって流れはじめるのはビクトリア湖からである。このことからビクトリア湖を源流とする説が根強いのだが、実際にはビクトリア湖から流れ出るナイル川はすでに大河であり、また源流に位置していたリポンの滝もダムによりその姿を消してしまったために「源流」のイメージには遠い。古来より砂漠に豊富な水量を提供し、人々の生活の中心となり、壮大な文明をもたらしたナイル川。その源流はまだ明らかではない、といったほうが相応しいのかもしれない。
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