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復興中の首都、マプート
モザンビークの南端、スワジランドの近くにマプートの街がある。インド洋に面したこの都市は1898年、北部のモザンビーク島からの遷都により首都となった。当時のマプートは、南アフリカのケープタウンや南米のリオ・デ・ジャネイロ同様、世界で最も美しい港町の一つと評価されていたという。白砂のビーチ沿いに高層ビルが建ち並び、世界中からの観光客で賑わっていた美しい首都を持っていたモザンビーク。
しかしこの国はその後15年間にも及ぶ内戦を抱えることとなった。観光客は遠ざかり、政治経済は混乱し、人々は餓えた。内戦が終結した時、マプートには「美しい首都」の面影はなくなっていた。老朽化するビルのメンテナンスはできず、エレベーターは動かない。地雷で足を失った子供たちや物乞いが通りを行き交い、ゴミが散乱する道路では人を満載したトラックが走り、スラム的な装いの街と化した。
しかし現在、の復興は確実に進んでいる。街の中心部には外国資本による近代的な高層ビルや、観光客やビジネスマンをターゲットにした高級ホテルもたち始めた。マーケットにも活気が戻り、人々の表情は一様に明るい。観光的も巨大な可能性を持つモザンビーク。この国の将来は明るい。
旧首都の島・モザンビーク島
現在の国名は、旧首都として栄えたモザンビーク島よりつけられた。アフリカ大陸の沖合3kmに浮かぶ長さ2.5kmの細長い島は、本土と橋で結ばれている1498年、インドに向かう途中のヴァスコ・ダ・ガマがこの地を訪れて以来、モザンビーク島はその名を歴史に残すことになる。以後、南アフリカ喜望峰周りのインド航路が開拓され、ポルトガル人たちが定住するようになる。ポルトガルに並ぶ列強オランダによる侵略を受けながらも、モザンビーク島は19世紀後半までアフリカ征服の拠点として機能し、対インド交易の中継点として繁栄した。
15世紀後半から様々な人種が移り住んできたこの島には、教会やモスク、ヒンズー教寺院や砦、宮殿などの植民地時代の建物が残る。そしてアンバランスな数々の文化建造物が融合し、美しい海の背景とのコントラストにより独特の雰囲気をかもしだしている。ほとんどの見所は島の北半分に位置しており、南部は住居の密集する地域となっている。この島周辺に住む女性は木の根をつぶした白い粉を水で溶き、パックのように顔に塗る。これは日焼けを防ぐとともに皮膚を柔らかくする、モザンビークの伝統的な美容方法である。
このページは、モザンビークに関するテレビ・CM・新聞・雑誌等の取材コーディネイトとモザンビークで行われる展示会、スポーツ・文化イベントのコーディネイトを通じて得た情報を配信しています。是非、観光やビジネスなどの際に役立てて下さい。
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